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2021

気付きそうで、気付かなかったこと

みなさん、こんにちは。

今回はこのテーマで書かせていただきます。『 人に厳しく、自分に甘い。 』( 「えッ・・・」 )勇気をもって伝えてくれた友人には

心の底から感謝しています。「 このチームを強くしたい 」

中学生の時に

サッカー部キャプテンとして "高い志" がありました。自分自身の

"正義感" をふりかざして

選手に厳しくあたることもありました。すこしずつ人が離れていくのが

"ヒシヒシ" と感じます。( 「強くなるためには仕方ない・・・」 )

自分のなかで割りきって行動していました。とある日。

私は、1~2分程度 遅刻して

集合場所のコンビニに到着しました。選手は商品を購入していたりしたので

何ごともなかったかのように

チームに合流しました。それ以外にも

人が "ルール" を守らなかったときには厳しく

自分が守らなかったときはうやむやにしていました。

「白」だったものが 私の一言で

『黒』にひっくり返るような存在だったので

周囲の人は "塵も積もること" があったように思います。冒頭に述べた言葉を友人に言われて

正直、心の中で

「救われた・・・」と思いました。この事実を10代前半に言われていなければ

20代、30代、40代・・・

悲惨な人生になっていたかもしれない。もちろん今でも至らないことはあります。

ただ・・・人に厳しく言うからには


自分もしっかり【ルール】を守ること。


ここに "気付けたこと" が大きかったです。

言われる側も厳しく自分のことを見ようとします。

揚げ足もとりたくなるでしょう。なおさら厳しく "自分を律していかない" と


みんなが同じ方向を向かって進んでいくことは


むずかしくなってくるように思えます。その時から

「時間」や「ルール」を守ること。

"言動を一致させるため" に行動を改めました。ー 率先垂範 ー"雑用" や "トンボがけ" も

誰よりも一所懸命おこない

周りの見る目も "すこしずつ" 変わっていったように感じます。著者・渋沢栄一の

「論語と算盤」(訳:守屋淳)には

このようなことが書かれていました。人の行為がよいのか、悪いのか 

その「志」と「振舞い」の二つの面から比較して

考えなければならない。『志』において「人のためになりたい」としか思っていなくても

その「振舞い」が人の害になっていては

善行とはいえない。このように記されていました。"こうしたい" と思ったとき。言動を一致させることが

「ものごとを動かす」

"第一歩かな" と感じます。

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